
株式会社MAPPA 大塚学社長インタビュー
覚醒する予感がある街 〜中野という創作の拠点
中野駅周辺の景色は今、変化の途上にある。
昭和の雰囲気の飲み屋街は残りつつ、工事中の建物、仮囲い、日に日に出来上がっていくビル。
「この街はこれからどうなるんだろう」と、つい足を止め、空を見上げて考えてしまう。

「MAPPA(マッパ)」は、2011年に設立された日本のアニメーションスタジオだ。『呪術廻戦』や『チェンソーマン』、『「進撃の巨人」The Final Season』など、テレビアニメや劇場作品を中心に、国内外で高い評価を受ける作品を数多く制作しており、近年は海外からの注目も非常に高い。
さらに商品化やイベント、配信などアニメビジネス全般を手掛けており、常に新たな挑戦を続けているスタジオでもある。アニメファンの間では名前を聞いたことがなくても、「あ、この作品なら知っている」という人も多いだろう。
そんなMAPPAが、2024年10月、本社を中野へ移転した。
世界に向けて作品を発信し続けるアニメスタジオは、なぜ中野という街を選んだのか。そして、中野という場所にどんな可能性を見ているのか。
MAPPA代表取締役社長・大塚学さんにお話を伺い、中野という街の魅力、創作と環境の関係性、そしてアニメと子どもたちの未来について、率直な言葉で語っていただいた。
文化と再開発が重なり合う、中野の現在地
中野区観光協会山本(聞き手)
昨年10月にMAPPAが中野へ本社を移されてから、南口を中心に街の雰囲気や人の流れが変わってきたと感じています。大塚さんご自身は、今の中野をどう見ていらっしゃいますか。
MAPPA大塚学さん(以下、大塚)
中野にはもともと「長年積み重ねられてきた文化がある街」という印象を持っていました。サブカルチャーという言葉が適切かどうかは分かりませんが、街の歴史とともに、長い時間をかけて醸成された文化がありますよね。
そこに「ただの再開発」ではなくて、「街を成長させよう」という熱量を感じる再開発が重なっているのが、今の中野の一番の魅力だと思います。
街を歩いていると、企業も集まってきているし、学生も多いし、インバウンドも増えている。データを見ているわけではなくて、あくまでも自分の体感ですが、「あ、やっぱり今中野に人が来ているな」という感覚があります。
また区役所も新しくなりましたが、区長や区の職員の方々をはじめ、中野にはエネルギーのある人たちが集まっていますよね。現状維持で満足するのではなく、より良い変化を生み出すために進んでいらっしゃるのを感じています。

なぜ「中野」だったのか アニメ制作現場から見たリアル
――MAPPAは以前、杉並区に複数の拠点を持ち、各ビルで制作を行っていました。中野への移転の理由を教えていただけますか。
大塚
いろんなビルに拠点が分かれていると、それぞれで独自の文化が生まれる良さはあります。でもアニメ制作はチームワークが重要なので、コミュニケーションをより円滑にするために、東京のスタッフが同じ空間で働けるオフィスを探していました。
その上で重視したのは立地ですね。アニメ制作会社は東京の西側に集中しているので、その周辺に住んでいる業界人が多いんです。フリーランスの方が多く出入りする会社なので、あまり東に行きすぎると通いづらくなる。そう考えると、「中野くらいまでが限界かな」という感覚がありました。
あとはもちろん、中野の再開発も大きな理由の一つです。
巨大な街に成長しようとしている中野と、アニメスタジオとして世界へ出て行こうとしている弊社。お互いの勢いがリンクしているのを感じて、最終的に現在のビルへの移転を決めました。
夢を追う人たちが集まる街は、創作に向いている 初心を忘れない環境
――中野界隈に住んでいる人たちの属性というか、精神性なども関係がありそうですが。
大塚
中野とか高円寺に集う方々って、夢を追っていらっしゃる印象があるんです。どこか飢えているというか、まだ満足していないからこそ、何かに挑み続けている人が多いのかなと思っていて。
それって、僕らのようなエンターテイメントを生業にする人間たちにとっては、すごく大事なことだと考えています。
僕らは一つの作品がヒットすれば安泰ということはなくて、また来年にはヒットを目指さないといけない。この繰り返しのモノづくりの人生においては、安っぽい言葉になってしまいますが、やはり初心を忘れないことが大切。そのための環境として、この街のチャレンジ精神や寛容さが、創作にはすごく合っていると思います。

© 2025 MAPPA/チェンソーマンプロジェクト ©藤本タツキ/集英社
「挑戦」が目的ではない 次の世代へつなぐ、アニメ産業の循環
――MAPPAは、作品づくりだけでなく、経営や制作体制の面でも注目されてきました。挑戦し続けるということについて、お聞かせください。
大塚
僕らとしては、「挑戦すること」自体が目的なのではなくて、挑戦によって日本のアニメ産業にどういった影響をもたらすのか、次世代に何を残していけるのかを考えています。
特に今は「構造」を作る必要があると思っていて。例えば一つの構造によって、才能溢れる若いクリエイターにスポットライトが当たり、より活躍できるようになって、そこに対して斬新なビジネスを仕掛けられるようになるとか。常に「循環を生む構造をどう作っていくか」を考えながら駆け抜けていますね。
そして、アニメを観て「楽しい」「自分も作ってみたい」と思ってくれた子どもたちにその線を繋げていきたいです。アニメを作って届ける仕事をよりよい職業にして、子どもたちが豊かな人生を歩めるような構造を残したいと考えています。
――中野区の子どもたちと関わりはあるのでしょうか?
大塚
はい、これまで区立の小学校で授業させていただいたり、中野区との共催で小中学生向けのアニメ教室を実施したりしました。
アニメーターが講師になって作画のコツを教えたり、声優の方々をお招きしてアフレコを体験してもらったりしましたが、子どもたちは2時間くらいのワークショップでたくさんのことを吸収してくれるんですよね。技術だけでなく、アニメの仕事に対して、いろいろなものを持ち帰ってくれているのを感じました。
エンターテイメントって、「お客さんをどれだけ楽しませられたか」で勝ち負けが決まる純粋さをどこかに含んでいるので。子どもたちに対しても純粋な想いで向き合いながら、アニメの仕事に触れてその価値を知ってもらう機会を作りたいと考えています。

©高橋留美子・小学館/「らんま1/2」製作委員会
「アニメを作るなら中野」と言われる街へ
――中野で行政や地域の人と共にやっていきたいことや、目標はありますか?
大塚
僕らのアニメの仕事が、区民の方々にとって自分事として誇りに思っていただけるようなものになったらいいなと思います。作品が賞を獲ったときに喜んでもらえたり、アニメが地域活性化に繋がったりしたら嬉しいですね。
僕は学生時代を静岡県で過ごしたのですが、子どもの頃は「サッカーの街」というイメージを持っていました。それと同じように、中野=アニメの街というポジティブな印象を持ってもらえたらいいなと。「アニメを作るなら、やっぱり中野に住まなきゃね」と言われるようになったら面白いし、そこを目指して地域の方々と連携していきたいですね。
今後やりたいことはたくさんありますが、具体的には子どもたちがアニメのプロを目指せる予備校的な場所を区とともに提供するとか。中野の学校に「アニメ部」を作ってもらって、甲子園のようなアニメの大会を中野のアニメ会社とともに開催するとか。中高生が個人ではなくチームで制作したアニメを観てみたいですし、その技術の水準を上げることが、日本のアニメ技術の下地を底上げすることにも繋がるのではと考えています。
――アニメを作りたい人が、どんどん中野に集まってきたらいいですね。
現代のサッカーで例えると、数あるリーグのなかでイギリスのプレミアリーグがすごく盛り上がっていて、世界中のトッププレーヤーたちが集まってくるんです。それと同じように、この先「アニメの技術を高められる場所」として日本や中野が影響力を持ち、「アニメのクリエイターを目指すために日本に留学したい、中野に住みたい」と思ってもらえるような流れを作れたらいいですね。
覚醒する予感がある街
――最後に、「これからの中野」をどのようにみていますか?
大塚
適切な言葉を探すのが難しいのですが……。
やっぱり「覚醒する予感がある街」だと思います。
まだ完成していないからこそ、これからドカンと大きくなる未来への予感がある。だから、僕らみたいな夢を追う企業が集まってくるし、街が盛り上がっていく。
今の中野の魅力は、まさにそこにある気がします。

株式会社MAPPA 代表取締役社長 大塚学
アニメーションスタジオ「STUDIO4℃」での制作経験を経て、MAPPA初の制作作品『坂道のアポロン』にアニメーションプロデューサーとして参加。
2011年の入社以降、『呪術廻戦』、『「進撃の巨人」The Final Season』、『チェンソーマン』など多数の作品の制作を指揮する。加えて、商品化、イベント、配信などアニメビジネス全般にも携わる。2016年より現職。
株式会社MAPPA
2011年設立のアニメーションスタジオ。
テレビアニメを中心に、映画、CM、Webムービー等、ジャンルにとらわれない様々な映像作品の企画・制作を行っている。自社で権利を保有するIPの窓口権を運用し、国内外でのライツ事業も展開。
代表作は、『呪術廻戦』『「進撃の巨人」The Final Season』『チェンソーマン』ほか。
https://www.mappa.co.jp/
中野の未来を、遠くまで見渡す視点
山本
大塚さんへのインタビューを通して、長く住んでいる自分にはなかった「中野の未来を遠くまで見渡す視点」をお聞かせいただきました。
「積み重ねられた文化の歴史」に運よく乗っかりながら、楽しみつつ20年以上、中野で生活と仕事をしてきた私は、ここ数年の再開発の動きの速さに戸惑い、ふと小さな空を見上げて立ち止まってしまうこともあります。
ノスタルジーな雰囲気が残る一方で、流動人口が多く、日々変化し、どんなものも受け入れてきた中野。その「寛容さ」こそ、この街の本質なのかもしれません。
街は人がつくっていく。
ビルや建物はわかりやすい変化ですが、そこにどんな人が集い、出会い、語り合っていくのかによって、街の未来は形づくられていくのだと思います。夢を追う人たちが集い、語り合う場所であるならば、中野はきっと、まだ誰も想像してないような「覚醒」をしていくのかもしれない。
中野の学校にアニメ部ができたらいいなぁ。
取材・文・撮影:山本真梨子(中野区観光協会)
