
憧れだった街が、私の暮らしになった日
〜大阪出身の中野在住カメラマンが切り取る、この街の魅力〜
息子から見える中野サンモール
一度訪れただけなのに、街の空気や風景を
何年経ってもぜんぶ覚えていた特別な街
それが私にとっての「中野」。
生まれも育ちも大阪産まれの私は
「オタク文化」と「カメラ」に青春のすべてを捧げた学生時代でした。
そんな浪速のサブカルオタクガールが
胸踊る憧れの街は、秋葉原でも、池袋でもなく
「中野」だったんです。

初めて訪れたのは18歳の頃。
JR中野駅からにぎわう中野サンモールを抜けてと
テーマパークのようにそびえ立つ
中野ブロードウェイは私にとって
ここで生まれたのでないかというくらい
魂が帰ってきたような安心感と
掘っても掘っても出てくる宝探しが止まらない不思議な場所。
当時は趣味でスナップ写真を撮るのが生き甲斐だったので、
昼も夜も中野のディープな魅力に
高揚感が止まらず夢中でシャッターを切ったことを覚えています。
学生の身で東京に頻繁にくることはなかなかできず、
その後訪れたのは2年後でしたが
それでも何故かJR中野駅を降り、改札を出て
すぐに中野サンモールと行く商店街があって
商店街の入り口には、
確かサンモールに入ってまっすぐ行けばコージーコーナーがあって
ブロードウェイ入り入り口には
まんだらけと電気屋さんが迎えてくれて…
などすべて覚えていました。

まさに私にとって
“アナザースカイ”だった「中野」。
時が経ち今では、オタクを少しだけ卒業し、
息子を産み育てる母として、
また商業カメラマンの拠点として
中野の住人となりました。
夫の転勤をきっかけで
近隣の住居として提案されたのが「中野」でした。
自分からすすんで住むことを決めた訳でなく、
そして転勤先の最終地点として辿り着いたことにも
「中野」の街に運命的なものを感じざるをえません。
息子と見る「中野」の街は、
学生時代に憧れた多様文化が存在する
カオスの街というだけではない違う景色があり、
目線を落として見る中野は
故郷大阪に通ずる人の暖かさがあり、
子供と暮らすのに居心地が良く
そしてやっぱり自由な街。

また中野駅周辺だけでなく、住んでから見つけた
たくさんの「中野」の魅力があります。
そんな外側からも内側からも「中野」を愛した私が、
母親になった目線、そして時々サブカルガールだった頃の
あの頃を思い出して、
住み始めて出会った「中野」の魅力を写真と共に
お伝えしたいと思います。

