
中野暗渠探検〜みえない川をみつけにいこう
第1回 桃園川
中野で「みえない川」をたんけんする
これから何回かにわけて、いっしょに中野区内を「たんけん」しよう。たんけんを漢字で書くと「探険」もしくは「探検」となる。どちらも未知の場所に出かけていろいろ調べるといった意味だが、字面で明らかなように「探険」は危険を伴ってというニュアンスが入ってくる。なにしろここはアマゾンでもグランドキャニオンでもない中野区だ。迷うことなく「探検」でいこう。いやむしろ、劇的な危険に晒されているわけでもないいつもの日常にこそ発見があり、それによってモノクロームのようだった風景もたちまち極彩色の彩りが加わる、そんな想いを共有したいので、やっぱりここは積極的に「探検」を使っていきたい。
ここで探検するのは、中野区の川だ。川といっても「みえない川」である。中野区で川といえば妙正寺川とその支流の江古田川、神田川とそれに合流する善福寺川といった4本の「みえる川」が有名だ。しかし「みえない川」を含めれば、実はもっともっとたくさんある。あちこちにある。
「みえない川」、それは暗渠(あんきょ)と呼ばれるもので、下水管に転用され今は地下の水の流れに変わっていたり、埋められて水の流れが絶え、川の魂だけが土の下に眠っていたりするのだ。あなたのその足下にも。
だから、旅支度なんていらない。普段着のままサンダル履きで、さっそく探検に出かけよう。「みえない川」をみつけに行こう。
中野区でいちばんわかりやすい「みえない川」
連載1回目は初級編として、最もわかりやすい「みえない川」を取り上げよう。桃園川だ。
太線が中野区内の桃園川緑道。
周辺にたくさんの支流もあるのがわかる
桃園川は、杉並区荻窪周辺を源流に、たくさんの支流を合わせながら中野3丁目で中野区に入り、その後はほぼ大久保通りに沿って流れて神田川へと合流する川だ。主に1960年代に暗渠化され、今では全区間で「みえない川」となっている。
区内の流路は「桃園川緑道」となっており、川の名前がそのまま緑道名になっているところが「最もわかりやすい」とした大きな理由だ。

そもそも、都内の緑道は暗渠であることが多い。都内にあった中小河川の多くは高度経済成長期前後に消滅している。消えたというより、下水道に転用された、つまり流れを地下に移されたのだ。そして地表には細く長い線状の土地が残り、そこが細長い公園や駐輪場、そして緑道などに「活用」されることになる、というわけだ(こういう時、地下の下水道は東京都下水道局の管理下に、地上の細長い土地は各区の管理下となる)。
だから、都内で緑道を見かけたら、「もしかしたら暗渠かも」と考えてよいだろう。
桃園川でみつける、川の痕跡
桃園川には、そのほかにもわかりすい手がかりがたくさんある。それは橋跡だ。普段あまり気に留めないかもしれないが、水面もないのに橋があるなんてよく考えると不思議な光景である。それは、そこに川があったことを今に伝える大切なサインだ。橋跡をみつけたら、静かに触れてかつての川の尊厳を感じてみよう。
中野区内の桃園川では、横切る道のあるところほとんどに橋跡が残されている。もっとも川があった頃の「ホンモノ」の橋はほとんど消滅しているが、それに代わって橋名を掲げたモニュメントが置かれているのだ。中野区は橋跡にやさしい区なのである。

もうひとつのわかりやすい手がかりが、橋跡とともに置かれている車止めだ。
車止めとは、よく公園や建物敷地の出入口に置かれている、車両の進入を阻むアレである。


下に下水道管が埋められている暗渠は、構造上決して強くない。だから暗渠の出入口に車止めが置かれることが多い。重いクルマから暗渠を守るという大変重要な任務を負っているのが車止めなのだ。道ばたでばったり車止めに出会ったら、おつかれさまと声をかけながら、そこが暗渠かどうかを確かめてみよう。また、車止めは置かれなくても、車両の重量制限標識を掲げている暗渠も時折みかけるがこれも同じ理由からだ。
川を感じるちいさな探検
さて、ここまで読んでいただいたら、まずはいっぺん歩いてみよう。上で述べたわかりやすい「手がかり」以外にも、周りとのちょっとした高低差、谷間にそよぐ風、やさしいミストを想わせる湿り気、足下の下水道からかすかに聞こえるせせらぎなど、たくさんの川であった痕跡が感じられるはずである。百聞は一見にしかず。いや、川は見えないんだけれども。
