宝仙寺三重塔跡(ほうせんじさんじゅうのとうあと)

観光資源の情報

宝仙寺三重塔跡(ほうせんじさんじゅうのとうあと)
宝仙寺三重塔跡(ほうせんじさんじゅうのとうあと)
宝仙寺三重塔跡(ほうせんじさんじゅうのとうあと)
宝仙寺三重塔跡(ほうせんじさんじゅうのとうあと)

歴史・旧跡

  • 東中野/中野坂上 エリア

宝仙寺三重塔跡(ほうせんじさんじゅうのとうあと)

住所
東京都中野区中央1-41

宝仙寺三重塔は、現在の区立第十中学校の校庭に建っていました。旧地名の塔山は、これにちなんだものです。寛永年間(17世紀前期~中期)の建築で、高さ24メートル、屋根は檜皮葺。江戸近郊で唯一の三重塔でしたが、昭和20(1945)年5月の大空襲で焼失しました。 残されている写真や実測図から、池上本門寺五重塔や上野寛永寺五重塔と並んで、江戸時代初期の典型的な建造物だったことがわかります。古記録には、中野村の飯塚惣兵衛夫妻が施主になって建立したとあり、かつては夫妻の木像が塔内に安置されていました。

ウェブサイト
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