寳福寺(ほうふくじ)

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寳福寺(ほうふくじ)
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歴史・旧跡

  • 弥生町/南台 エリア

寳福寺(ほうふくじ)

住所
東京都中野区南台3-43-2

寳福寺は真言宗のお寺で、ご本尊は聖徳太子です。 聖徳太子が諸国を巡遊した時、この地を霊地として堂を建立し如意輪観音(にょいりんかんのん)を安置して、国家安穏を祈ったことに始まるといわれています。 また、昭和新選江戸三十三観音札所の第17番札所にもなっています。 境内にある「筆塚」と書かれた碑の文字は「筆塚」の字は戸村直衛が書いたもので、明治の初めに建てられたと考えられます。 戸村氏は明治3(1870)年、雑色村に「戸村塾」を開いた人で、中野区最初の公立校「桃園学校」の教師も勤めました。家塾開業願や小学校設立伺書などによれば、若い頃に幕府の関係者から、数学・書道・洋学を学んだ知識人だったことがうかがえます。 明治4年当時、戸村塾の生徒は25名で、教場は寳福寺や村内の民家をあてていました。明治5(1872)年の学制発布後も存続し、私立戸村小学校から桃園小学校雑色分校へと引き継がれました。 この筆塚は、師弟の使用した毛筆を納めて供養して学業上達を願ったものと考えられ、中野の初等教育を物語る記念碑です。

ウェブサイト
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