観光資源の情報 みち・街並み 中野駅南口 エリア 新中野/中野新橋 エリア 追分(おいわけ) 住所 東京都中野区中央4-7 青梅街道から斜めに北に入り中野通りにつながる道は、かつて大きな道の分かれるところを指す「追分」の地名で呼ばれていました。 現在の追分公園の前の道は、江戸時代には石神井道と呼ばれ、青梅街道からここで分かれて北上し鷺宮で現在の新青梅街道と合流する、江戸と西郊の村々をつなぐ道でした。幅2間(約 3.6m)の道に、野菜や肥料を積んだ荷車が行き交い、追分は人々で賑わいました。明治以降は近辺に映画館なども建ち、繁華街ができました。 杉並区の高井戸からこの追分へ出てさらに板橋へ至る中世の古道、鎌倉街道があったとする江戸時代の文献もあり、この辺りが古くから交通の要衝の地であったことが窺われます。
青梅街道から斜めに北に入り中野通りにつながる道は、かつて大きな道の分かれるところを指す「追分」の地名で呼ばれていました。 現在の追分公園の前の道は、江戸時代には石神井道と呼ばれ、青梅街道からここで分かれて北上し鷺宮で現在の新青梅街道と合流する、江戸と西郊の村々をつなぐ道でした。幅2間(約 3.6m)の道に、野菜や肥料を積んだ荷車が行き交い、追分は人々で賑わいました。明治以降は近辺に映画館なども建ち、繁華街ができました。 杉並区の高井戸からこの追分へ出てさらに板橋へ至る中世の古道、鎌倉街道があったとする江戸時代の文献もあり、この辺りが古くから交通の要衝の地であったことが窺われます。